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たまに映画、展覧会、音楽など。

「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」(国立美術館)06

第二章 印象派



5.青の欠片を拾った


メアリー・カサット「青いひじ掛け椅子の少女」


親愛なるキティーへ

あなたから手紙の返事がもらう前に、私は既にこうしてあなたへの手紙を書き始めています。
前回のお手紙でお伝えしたように、
ようやく自分の絵がふさわしい場所に架かった喜びそのままの熱を、
どうしても伝えたかったのです。


今回のこの絵、とにかく青をベースに描ききりました。
服にもソファーにもいたるところに青、青、青。
けれど、少しずつ違う青だということをあなたには分かっていただけるはず。
その色の変化を目で追うのではなく、
青の欠片を、そっと拾って集めてみてください。

そうなんです、空色、エメラルド、藍色、紺色、紺碧、黒だって入っています。
ひと筆の青が、心のすき間にすっと、入り込んでいくのです。
悲しみを埋めるように、疲れを癒すように、そうパズルのように。



ねえキティー。
実は、私は、あなたにまだ話していないことがあります。
今までのことは事こまかに手紙で熱い情熱をこめて書きつづってきました。
でもどうしてもこのことだけは書けなかった。
絵が完成するまで、自分の心からその絵を出すことができなかったのです。
自分の人生を変えたともいえる、一枚の絵に出会ったのは去年のこと。
彼の存在が、私の人生を変えた。彼の絵は、私が見たいと思っていた芸術そのものだったのです。


もちろん、今まで影響を受けた絵画は沢山あります。
幸運にもヨーロッパを旅することができた私は、
コレッジョの聖母像や、ベラスケスのスケッチ、オランダ17世紀の風景画など、
自分の作風創りに多いに役に立ったものは数多くあります。
けれど、本当にインスピレーションと今後の活動に最も多大な影響を与えたのは、
この絵でした。


エドガー・ドガ「踊りの花形(エトワール、又は舞台の踊り子)」 1878年

ある寒い冬の日。
その絵は、町のショーウインドウに飾られていました。
手は凍えそうに寒かったのに、心が熱くて熱くてもうどうにもならないくらいだったの。
鼻がぺしゃんこになるくらい窓にくっつけて、それはそれは見入っていました。
今までの絵画なんて、芸術と思えないくらいです。
この絵こそ、芸術だ!とそのとき強く思ったんです。自分が創りだしたい芸術はこれだって。
その時、ようやく自分が求めていたもの、
つまり自分が描こうと思っていたものが具現化することができる気がしたのです。


そういうわけで、彼に誘われた出品したのが、この印象派展。
彼らの創りだしたい色彩、構図、自分の内面との格闘、
――そんなものが手に取るように分かりました――
今回の展覧会はまるで、ようやく同志と出会えたような心持なのです。


ここまで、長かったようであっという間だったような時の流れ。
水の流れのようなその自然な流れを、私は今、しみじみと感じています。
正直なことを言えば、両親をアメリカにおいてきた私にとって、
数年間は罪悪感にかられない日はありませんでした。

それが今回のことで報いることができたかさえ、実は、私には定かではありません。
思うように絵が描けない夜、心の中で神様によく問いかけたものです。

「これであってたのかしら」って。

けれど、その答えを知る者はこの世にはいない。
後悔はしないけれど、この道が正しかったと強く断言することもできない……。
けれど今を進くいくしかない、上を向いて。
それが人生なんだと、そう……神様は人間に正解を与えてくれるはずがありません。

今回、彼の絵を観て、絵を描きたい。
心からそう思えたことが何よりの幸福でした。
あの時の胸の高鳴りを私は一生涯忘れることはないでしょう。


親愛なるキティー。
あなたは、ずっと、ずっと、私を応援してくれました。
あなたもきっと、私の絵が印象派展に並んだことを喜んでくださっていますよね?


1877年 春の訪れを感じる朝に
          メアリー・カサット