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たまに映画、展覧会、音楽など。

「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」(国立美術館)後記 

国立新美術館でおこなわれた「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」。
せっかくの機会だったので、テーマもいろいろ変えてみました。


レイモン・クノー『文体練習』という本をめくりつつ、
図録をめくりつつ、画家それぞれの人生を調べながら……。


いろんな文体で書くのはエクササイズとしてはとても重要だと思いますが、
自分の得手不得手を改めて実感しました。
今まで好き勝手に書いてきた私にとって、「今、この文体では書けないな〜」
と断念したものもたくさんあります。


図像学を専攻していたわけでも、美術史に詳しいわけでも、
絵画技法に詳しいわけでもない私ですが、
そこから何かを読みとる、たとえば光とか、色とか、物語とか。
そういうのがやっぱり好きなんだなぁ、高階氏や高山氏とは違う、と改めて。

ただ、必ずしも好きというわけではないので、
もう少しスタイルを変えていきたいところ。


今まで「書く」ということの一端しか見ていなかった。

「好き」だけでは正面から向き合えていない。

私は、この「書く」ことを正面から向き合っていきたいと思います。

そう、正面から。真摯に。思いっきり没頭したい。 



いつか言葉にしたいと思っている、あの海の朝焼け。
いつか物語に閉じ込めてみたい、あの筆の動き、あの画力。
遠い宇宙の果てから地球に生まれおちた、私のこの命、この心、この身体を使って、
今度は逆に、遠い宇宙の果てに、言葉を飛ばしてみたいです。
どんな風に飛んでいくのかな。どんな風にきらめくのかな。


絵ばかりが続いたので、しばらく絵はお休みして、
いろんな切り口から書いていきたいと思います。
あくまでブログ。楽しく、実験的に!


2011年8月14日 
実家から東京へ戻る途上、新幹線内で

ぷく


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印象派以前>
構図に焦点をあて、できるだけ客観的に淡々とまとめてみました。
ドービニーは「三位一体」、マネは「二項対立」。

印象派
モネは光の層を感じるように感性豊かに、ルノワールはモデルを第一人称に、語りかけ風。
カサットは画家を第一人称に手紙風。柔らかに抒情性たっぷりに。

印象派以降>
セザンヌは講義をしているような雰囲気で、さながらジェットコースター。
ゴッホの作品はあまりに衝撃的だったので、書くべき言葉が見つからず、詩に。
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