たまに映画、展覧会、音楽など。

語り夜ver.1 『物語に彩りを  第二、三章』 

  物語に彩りを




    第二章  淡く儚い緑色


 時刻はそう、その絵が描いているような夕暮れ時でした。
 祖父が聖マリア教会の傍を通りかかると、
 何かをじっと見つめている10歳ぐらいの少年を目にしました。
 靴も服もボロボロ、けれど不思議なオーラを放っていて、
 色で例えるなら淡い緑色。

 そう、気づかれましたかな。この画廊の扉も淡い緑色でしょう?
 実は祖父が少年に影響を受け、戦後、塗り替えたんです。
 その少年が見ていたのは一人の女性でした。
 年は30代、着古した灰色のセーターにジーンズ、
 短い髪で耳には丸い大きなピアス。
 彼女は路地に小さな椅子をおいて聖マリア教会をデッサンしていました。
 ちびた鉛筆、膝にはぼろぼろのクロッキー帳。
 近くのヴァヴェル城でドイツ軍が統治していたんですから
 そこで絵を描く人なんていない。
 だけど彼女は繊細な線を描き、街の物語を浮かび上がらせていたんです。
 少年はそれをくいいるように見つめていました。                          



   第三章  トランペットの音色


 「綺麗な絵だね。僕はパウル、お姉さんの名前は?」
 「アンナ」
 「見てもいい?」アンナはうなずき、また描き始めました。

 「僕のパパも絵描きだったんだ。会ったことないけど」
 アンナが返事をしようすると、
 パパーンと聖マリア教会のラッパが鳴り響きました。
 御存じの通り、あの教会は一時間毎に鳴ります。おそらく17時でしょう。
 それが合図だったのか、アンナは荷物をまとめて去って行きました。
 パウルはぼんやりと教会を見つめたまま座っていました。

 それから一週間後。
 祖父が街を歩いていると、再びあの二人に会ったのです。
 同じ場所で、今度は二人で絵を描いて。
 アンナから貸してもらったのであろうスケッチブックに、
 顔がくっつきそうなほどのめり込んでいるパウル
 祖父は2人の傍に腰を降ろしました。
 パウルは顔をあげ、「おじさんも絵描き?」と尋ねました。
 「いや、おじさんは絵を売るのが仕事さ。
 この近くで画廊をしているから今度おいで。たくさん絵を見せてあげよう」
 「アンナもパパも絵描きなんだよ」
 アンナも手をとめて祖父を見上げました。
 「アンフェッセンって名前の?」
 「そう。今度一度おいで。少しは助けられるかもしれない、こんな時代だが」
 その会話の中、パウルがアンナのスケッチブックを覗き込んで
 「アンナ、この教会はどうしてこんなに優しい色をしているの?」
 「ポーランド人たちがずっと愛してきた、愛の色よ」
 「僕も絵描きになれる?そしたらパパに会える?」
 その時、再び聖マリア教会のラッパが鳴り渡りました。
 「さあ、今日はおしまい。道具を片付けて」。