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たまに映画、展覧会、音楽など。

「五百住乙人展」(京橋・金井画廊)

良い絵があった。

「うずくまる」F8号 五百住乙人


「緑だ」と思った。全体が緑がかっている。
真ん中に大きく描かれた女性は横向きで、ひざをかかえてうずくまっている。
その女性と背景も全て淡い緑色。
女性は沈んでいるわけでも考え込んでいるわけでもなく、
そこにただ静かにうずくまっている。

額は濃い青。
しかも古びた作りでところどころ色がはげかかっている。
レトロなこの青と緑のバランスがすごく良い。


今まで何度か足を運んだことのある画廊だったが、
初めて壁の隅に大きな古時計がかかっているのに気がついた。
まさに「大きな古時計」。
天井まである。大きな文字盤。
よく見れば10時半過ぎでそれはとまっていた。


こんな画廊でこんな絵が架かっている物語を描きたいな、と思った。


30代の女性が主人公。この画廊に一枚の絵を持ってくる。
女性「この絵、買い取っていただけませんか。売り絵にならないのなら、お金はいただきませんので、受け取ってください」
画廊オーナー「この絵は、あなたなんでしょう?そして手離すには理由があるんでしょう」

女性にはかつてすごくすごく好きだった男性がいた。
でもその男性とは結ばれなかったという。
彼には既に好きな人がいたという。
その彼が最後に描いた一枚なのだと。
彼はその女性(主人公)をモデルに絵を描いた。何度も何度も。

画廊オーナー「彼はあなたのことを好きだったんじゃないですか」
女性「さあ、どうかしら。聞いても教えてくれないでしょうし、
本人にもわからないと思う」
彼女はその男性と結ばれることがなくても、ずっと彼を愛し続けていた。
愛されなくても幸せだった。


だから、ずっとこの絵を持っていた。

女性「だけどね、もういらないんです。もう書けたから」
彼女は実は作家志望。彼を主人公に物語を書いたという。
彼を物語の中に登場させることができたから、
本当の意味でさよならができるのだと。

画廊オーナーはその物語をぜひ見たいという。すると女性はこう一言。
「いつか、この絵が表紙の本を見つけたら、読んでみて」
そう言って、彼女は颯爽と去って行く。
そんな物語。