たまに映画、展覧会、音楽など。

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』


何が異色の小説なのかというと、物語の世界観がわからないまま物語が進む点。
その謎は、主人公たちの成長にあわせて理解できるところだけが、
大人によって意図的に(!)少しずつ明らかになる。
その片鱗を辿りながら読み進めるのは初めての感覚だった。
主人公たちと一緒に少しずつ全てを理解していく。
同じ思考回路、同じ勘違い、同じ憤り、同じ安心感。
どういうこと?という疑問と
最初からそうだからという納得感が錯綜していく心地だった。

読み進めながら、ふと、
わたしたちが当たり前だと思うことも、
その世界観を作ったのは小さな頃の体験や教育、記憶なのだという、
今更抗うこともできないものだという事実が否応なしに思い出され、
物語の重みが増す。

「…無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。わたしはそれを見たのです…」(本文より)

わたしを離さないで、というタイトルの意味は
きっと何重にも重なっている。
何から離されたくないのかーー、
それがこの物語の骨格であり、この物語の悲しさなんだと思う。

ドラマ放映はどんなふうなのか知らないけ
子ども時代から描くからこそ、共感できる物語。
久しぶりにお風呂にまで持ち込んで読んだ。