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語り夜ver.1 『物語に彩りを  第一章』 

  
  『物語に彩りを』
 

 はじめに



        1940年、そして2011年のポーランドの都市、クラクフ
        クラクフは、ポーランドの京都と呼ばれ、
        聖マリア教会、市庁舎、織物取引所、ヴァヴェル城などを中心に
        市街地が広がっている。
        13世紀に建てられた聖マリア教会からは、毎時トランペットが鳴り響く。
        しかし、壮大に鳴り響く中、その音が突如鳴りやむ。
        理由は、中世の時代。
        モンゴル軍の襲撃をラッパ吹きが周知している最中に、
        矢で射殺され、その音が断絶したという。
        以来、この教会はそれを偲んで音が突如やむのである。

        中世からユダヤ人コミュニティが発達しているクラクフだが、
        1939年、ドイツ軍がポーランドに侵攻し、
        第二次世界大戦中はドイツ軍司令部が置かれていた。
        翌年5月にユダヤ人自主退去命令が発令され、
        9月以降、2万人が追放される。
        ゲットー内や収容所内で多くのユダヤ人が餓えと寒さ、病にあえいだ。    

    
        2011年のクラクフはそんな悲劇が信じられないほど
        アウシュビッツ収容所の観光地として、
        また古き良き芸術の街として知られている。
        
        物語の始まりは1940年。物語に終わりがあるとすれば、2011年。
        この時のはざまでの出来事である。






 第一章   残光の中の教会、橙色



 おや、これは珍しい。御老人、絵の持ち込みですか。
 うちみたいな小さな画廊に持ち込んでもらえるなんて、ありがたいことです。
 お年は? 80を越えてらっしゃるのでは?

 うちは祖父の代から始まった画廊なんです。なんと1929年創立。
 その猫はピートっていうんですが、猫も代々その名を受け継いで猫番をしているんですよ。
 ああ、その絵ですか。
 クラクフきっての観光名所、聖マリア教会を背景にした風景画です。
 夕日に当たった教会が神秘的でしょう?
 柔らかいタッチで、一人ひとりに物語があるようで。
 ……ひょっとして御老人、この絵を売ってほしいのですか?
 残念ながらそれはできない相談ですなあ。
 実はこの絵、いわくつきなんですよ。
 時は1940年、5月。
 前年にドイツ軍がポーランド侵攻し、祖父は一人で画廊を切りもりしていました。
 
 さあ、どうぞこちらへ。紅茶でよろしいですかな?
 少し長い話になりますが、よかったらお聞きになりますか?     



*写真は私が2007年にクラクフを訪れたときに撮影したものです。