たまに映画、展覧会、音楽など。

エジプト記「シナイ山 vol.2」

夜11時にダハブからシナイ山へ向かう。車で約2時間、小さなマイクロバスで観光客一行を連れて、真っ暗闇の中をガタガタと大きく揺れながら進んでいく。あまりのスピードと揺れ具合に、もし他の車とぶつかったり、道から外れてしまったら、とても助からないのでは……と青ざめながらも、車はおかまいなしに暗闇を突き進んでいく。スペイン、アメリカ、韓国、台湾、イスラム……さまざまな国の人たちが集まったツアー客約20人。運転手はあまり英語が話せず、アラビア語で話しかけてくる。結局、英語の話せるツアー客のひとりが通訳をしてくれた。

「車で約2時間移動します。そこから山に登ります。彼(バスの運転手)とは麓で別れて、現地のガイドと合流します。彼は明日の朝、ここに迎えに来ます」(しかし結局、約束の時間と場所にバスは来なかった)

迎えてくれた現地のガイドももちろん、英語が話せなった。

他のツアー客も合流したらしく(暗闇でよくわからなかった)、夜中の1時頃から登山開始。エジプトとはいえ、山のふもとで夜半過ぎ、厚めのコートがないと寒いくらい冷え込んでいた。しかもまわりは真っ暗、岩山だけが暗闇のなかで静かに、しかし大きく立ちそびえている。もちろん、まわりには町はなく、キオスクのような小さなショップが数店あるだけ。

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「Are you Chinese?」

大学生だろうか、20歳くらいのエジプト人女性が、私に話しかけてきた。一人で来たらしく、コートもなく長袖一枚で寒そうにしている。どうしようと、思っていると、スパニッシュの彼女が、厚手の羽織ものをムスリム女性にかけてくれた。お互いに少しずつ自己紹介をしながら、歩き出す。知らない人同士の登山が、始まる。

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 山道へ入れば、ヘッドランプや懐中電灯がないと自分の足元も照らすこともできない。ただひたすら暗闇だけが続く。あとは、岩山のそびえたつ気配のみ。20人ほどが連なっているが、気が付くとすぐにおいて行かれる(しかもガイドは山に慣れていて、ペースが速い)。暗闇のなかをひたすら、岩道を登っていった。15分ほど歩けば、小さな休憩所や飲み物を販売している店があり、そこでガイドが遅れたメンバーを待っている。その店を目指して、大小さまざまな岩や小石で足元をぐらつかせながら、登っていった。

 ふと頭上を見上げて

「わあ」

思わず日本語が出た。

そこには、今まで見たことのない数多の星がきらめいていた。

ツアー客の台湾人の男性が星に詳しく、懐中電灯で夜空を照らしながら──それもまた光の柱のように美しかった──、星の解説をしてくれた。普段見える星の数より断然多く、星の連なりがよくわかる。こうしてかつてのエジプト人たちもこの同じ星を見上げていたのだろうか。その説明に皆で耳を傾けながら、休憩をとる。そして思い立ったように(あるいはタイミングを見計らってなのか)再びガイドが無言で山を登っていく。岩山を登るそのあいだにも、ラクダ乗りの勧誘が道の外れから聞こえてくる。ラクダは、あの巨大な身体を細い脚4本で支え、器用に岩山を登る。それを見ながら、ひたすら目の前の岩や小石を踏みしていく。

 夜中1時から登り始めて約4時間半。空の色は、漆黒から薄いブルー、薄いピンクへと、水彩で塗ったような薄いグラデーションで広がっていく。空を見上げるたびに、その色が変わる。足元のごつごつした岩の形がはっきり見えてくる。 

「日の出は何時なんだ?」「6時らしい」「今何時なんだ?」そんな会話が飛び交う。日の出までの時間がようやくわかり、少しずつ足が早まっていく。しかしひたすらに登りが続くだけで、頂上がどこなのかは、ガイド以外誰も知らない。しかも次第に斜面は急になり、ラクダは通ることができなくなる。何人かのツアー客は、息を切らす。ここは2,000m超。酸素も薄くなっていく。トレランが趣味だというスペイン男性と、英語通訳をしてくれたアラビア人が、皆に声をかけつつ、一行は、その声に引っ張ってもらいながら、山頂を目指す。