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たまに映画、展覧会、音楽など。

語り夜ver.1 『物語に彩りを 第四章』

  物語に彩りを 

   

 
   第三章   加わった色は暗色か明色か



 運命の綻びは数週間後でした。
 5月になってすぐ、ドイツ軍がユダヤ人自主退去を発令。
 祖父はポーランド人なので問題なかったのですが、
 予感は的中してしまいました。

 ある昼下がり、めったに鳴らない画廊のチャイムが鳴りました。
 猫のピートがてくてくと出迎えに行き、祖父も続いて行くと、
 そこに立っていたのはあの二人でした。

 初めての画廊にパウルはきょろきょろ。
 淡い緑色の光が前よりも強く輝き、
 それを見た祖父は、扉の色を変えようと決意したんです。
 パウルは画廊にかかっている絵を見て
 「王様の絵?」
 「ヤン・マティコっていってね、100年前のポーランド人が描いた絵だよ」
 「この変な絵は?」
 「モイズ・キスリング。クラクフの人だよ」
 パウルはピートの案内で奥へ入り、
 今度は木版画を見て驚きの声をあげていました。

 アンナはたった一言。
 「お願いがあって。あの子に絵を描かせてやって」
 そして一枚の油絵を取り出しました。
 そう、それがこの教会の絵だったんです。
 祖父は彼女に何も言うことができませんでした。
 パウルが奥で絵を見ている間に、アンナは立ち去りました。
 何も言わず、振り返ることなく。               


 
   第四章    鉛筆に宿る色
 
 

 当時、祖父の息子つまり私の父はアメリカに預けられ、
 祖母は父を生んですぐ亡くなっていたので、画廊には祖父だけ。
 祖父はパウルを匿い続けました。
 パウルはアンナがナチス軍に殺されたと思っているようでした。
 銃声や戦車の音、兵隊の気配を感じながら描いたものは、
 兵隊や行き倒れた人、寂れた町の様子、両親の顔。
 アンナが描いていた絵と対照的で、さびしい絵ばかり。
 「どうしてアンナの顔を描かないんだい?」
 「どう描けばいいかわからなくて」
 両親の絵は描けても、アンナの絵は描けない。
 思い出せないわけではないと、わかっていただけに祖父の心は辛くなりました。

 「アンナ言ってたよ。絵の具で色をつけなくてもいい。
 鉛筆で色をつければいいって」

 「自分が見えるものを信じるんじゃなくて、
 心で見えたものを信じればいいんだって、アンナ言ってた」
 祖父はうんうんとうなずくことしかできませんでした。


 祖父とパウルとの別れは、とある新聞記事がきっかけでした。
 その日の新聞は日独伊三国同盟のニュースがトップ。
 そして地方ニュース欄にパウルの絵が載ったのです。
 おそらく画廊に来たアンダーソンというジャーナリストが、
 パウルの描いた町の絵を新聞に載せたのです。
 内容は、父と母を待ち、毎日絵を描いている悲しき少年、というものでした。
 その3日後の朝、ナチス警察は事情も聞かずにパウルを連れ去り、
 画廊は閉鎖となりました。
 パウルユダヤ人だという証拠もないから強制収容所はやめてくれ、
 そう祖父は頼みましたが、行方は分からず戦況は悪化。

 戦後、画廊を再開した祖父は、随分とアンナとパウルを探したそうです。
 しかし結局見つからないまま、祖父はこの世を去り、父の代となり、
 今はこうして私が引き継いでいるわけです。