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エル・グレコ展(東京都美術館)

2013年春 展覧会まとめ(2)
エル・グレコ展

さてと。

先輩と後輩の展覧会も観てくれたかね? 
ラファエロ先輩(ルネサンス)、ルーベンス君展(バロック)。
東京では今、いろんな西洋美術展覧会がおこなわれていて、
私たちのような過去の芸術家からしてみれば、
懐かしい人たちと会える同窓会のようだ。

それにしても、二人とも日本では人気があって、
私の絵は好かれていないらしい。
そこで、今回は先輩後輩の前に、私の展覧会の話を少しさせてもらおう。

まず、勘違いしないでいただきたいのは、
エル・グレコという私の名前は本名なんかじゃないということ。
グレコ=ギリシャ人の、という意味、エルはスペイン語の冠詞。
つまり、私の名前とはまったく関係がない。
ギリシャで生まれスペインに渡り、そこで仕事をしたのだよ。
ヴェネチアで修行もしたがね)。
スペイン三大画家「ベラスケス、ゴヤ、グレコ」なんて言われるけれど、
私に言わせれば、ただの職場だ。
その理由はのちほど理解してもらえるだろう。

自分で言うのもおかしな話だが、
私の絵は特徴がありすぎて
「ああ、あの絵でしょ」と言われることが多い。
絵の美しさは、そんなに簡単なものではない。

例えば、この絵。「聖衣剥奪」1605年頃

キリストを一番上に配置するのではなく、真ん中に配置している。
これがちょっとスキャンダルになったのが、もう今となっては懐かしい。
キリストより上にいる群衆なんてありえないと、国家からのお達し、減給。
そもそも当時、聖衣剥奪の場面を描く画家もいなかったのだから。

だけど、私はギリシャ人だ。
「新訳聖書」を原文で読み、
より内容を理解した上でこの絵を描いたのだ。


さらに、この時代のスペインがどんな風だったか、君は分かるかね?

1580年代から1600年代初頭はスペインの黄金時代。
大航海時代を経て、アメリカを植民地化。
その一方で、宗教改革、ウィーン包囲、そして1588年の無敵艦隊の敗北。
スペインはフェリペ2世のもとで激動を駆け抜けた。
そんな不安定な時代だ。
他国は宗教改革を終え、プロテスタントが台頭していた。
なんとなくわかるだろう、こういう絵を描く私の気持ちが。

神という見えざるもの、現世という見えるもの。
この二つを両方描くということに私が心血を注いだのだった。
前の時代の絵は、キリストを崇めるために描いた。

しかし私は違う。見えないものと見えるものを同時に描き、
神と民衆の距離を近づけたかったのだ。
現実と架空の融合、失望と希望の世界。


***
ねえ、グレコさん。
あなたは視覚を操るのが上手なんだね。
最後の部屋にあった「無原罪のお宿り」。

この絵もきっとそうなのよね。
マリアさまを中心に鑑賞者の目線が絵の隅々まで動いちゃう。
くねくねしてるもん、それに天使だって極端に小さいし。
この絵を見たときに思ったの。
ああ、この絵は祭壇に架かられるべくして創られた絵。
自然とひざまずきたくなる絵だって。
だから日本人の皆が、あの部屋に入ると、
自然に腰をかがめたり座りこんだりしてあの絵を見てるのよ。


今まで日本の美術館で、
床に直接座り込んでいる人たちなんて見たことなかった。
でも、そうさせるだけの力が、この絵にはあった。
それにかがんでみると、
長い身体がよりダイナミックに見えるってこともわかったわ。
本当に天に昇っていくように。流れているみたいだった。
うん。私は結構好きかも、グレコさんのこと。


というわけでエル・グレコ展 おすすめ度★★☆

4月7日まで、上野の東京都美術館にて。
ルーベンス展、ラファエロ展と合わせると、
ルネサンスマニエリスムバロックをおさらいできる良いチャンス。