たまに映画、展覧会、音楽など。

小川糸 『ツバキ文具店』

『ツバキ文具店』(小川糸)

文字の深さがあった。それも、手書きの文字。
主人公の鳩子(ぽっぽちゃん)は、厳しかった祖母から鎌倉の代書屋を引き継ぎ、
「ツバキ文具店」という看板を出して、文房具を売るかたわら、
誰かの代わりに手紙を書く仕事をしている。

手紙はさまざま。
和食屋さんの品書きから、お悔やみ状、初恋の人へのラブレター、
離婚の報告、断り状などなど、さまざまな手紙が登場すると、
それに合わせた紙(ヨーロッパで買い集めたものや、巻紙、羊皮紙)、
ペン(万年筆から毛筆、ガラスペンなど)、封筒から切手まで、手紙ごとにさまざまで、
ぽっぽちゃんは、その都度、依頼人や手紙を受け取る人に思いをはせ、選んでいく。
今の時代、ほとんど書かれることのない、脇付を添えることも。
こうして考えると、手紙の文化というものは、
日本はもちろん(日本は決まりごとが多い)、
海外にも手紙の文化があることがわかる。言葉の芸術だなあと思った。

さらに、この小説の最大の魅力は、手紙によって字体が変わっていることだと思う。
この本には、ぽっぽちゃんが手紙を代書する度に、挿絵のように、手紙が直筆で登場する。
その字には、品があって、手紙ごとに気持ちに溢れていて、
代書屋さんというのは、ただ気持ちを代弁するだけでなく、
その人が言葉にできないような気持ちを掬い、言葉にしたためる職人さんだと知った。
(調べてみると、この本の制作に手紙担当の萱谷恵子さんという方がいた)

厳しかった祖母との確執を乗り越えたり、鎌倉を散策したり七福神巡りをしたり、
鎌倉の美味しいご飯を食べたりと、四季を織り交ぜながらエピソードが紡がれるけれど、
私が特に好きだったのは、文具店の隣に住んでいる、バーバラ婦人。
未亡人で初老の彼女には、たくさんボーイフレンドがいる。
彼女の笑顔と明るさと、軽やかさに救われて、
この小説はふわりと明るい雰囲気を纏っていると思う。
「私がずーっとやってきた、幸せになれる秘密のおまじないなの。(中略)。あのね、心の中で、キラキラって言うの。目を閉じて、キラキラ、キラキラってそれだけでいいの。そうするとね、心の暗闇にどんどん星が増えて、きれいな星空が広がるの。(中略)。ね、今すぐやってみて」


文房具好き、紙好き、鎌倉好きの人にはもってこいの小説。
きっと、普段パソコンでみている“文字”が、とてもあたたかく感じられる一冊。

「い」は、仲良しのお友達同士が野原に座り、向かい合って楽しくおしゃべりをしているように。
「ろ」は、湖の上に浮かぶ優雅な白鳥の姿を。
「は」は、飛行機が滑走路に着地するように書き始め、その後は再び大空へ飛び立ち、空中でアクロバットのショーを展開するように。