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たまに映画、展覧会、音楽など。

平野啓一郎 『マチネの終わりに』

『マチネの終わりに』(平野啓一郎、2016年、毎日新聞出版

「人は変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。
 だけど、実際には未来は常に過去を変えているんです。
 変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。
 過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」(322頁)

平野啓一郎の小説は、実験小説や、名作をオマージュしたもの、伝記物など、
時代によって作風が大きく異なり、今回はまた新たな境地へ。
巷間では「恋愛小説」と謳われているけれど、私にとっては、
音楽とジャーナリズム(中東戦争)と
経済(リーマンショック)、
映画と戦争(長崎原爆)とキリスト教などが入り混じった、
まさに世界中を混ざり合わせた小説のよう。

あらすじは、大人の男女が出会って恋におちたものの、他人に邪魔をされて……という話。
平野啓一郎の書く小説にまさか、恋の成就を邪魔するために携帯を使い、
そのメールを削除し、水に落として使用不可になるという、
いまどきの恋愛小説にもなさそうな、びっくりベタな展開。
正直、ストーリー上で泣ける部分なんて、私には全くなかった。

けれど、この小説の真髄は細部に宿っていると思う。
クラシックギタリストで世界中を演奏旅行をしている主人公に、
バクダッドで、テロの恐怖と隣り合わせで生きているジャーナリストというヒロイン。
その細部たるや、幅の広さも底の深さも、普通の小説家では到底描けないと思う。
ジャーナリストのもとに、イラク女性が亡命と保護を求めてやってくるが、
フランス政府が彼女を難民として受け入れる場面は、
今のトランプ政権とも重なって見えてしまう。
(しかも女性の家族は、フランスへすぐに亡命できないあたりがリアルで、
 文芸雑誌を読めば、平野氏は、後藤健二さんに取材をしたという。)

他にも、経済学者の語るリーマンショックの裏側、
東日本大震災での海外の目線、キリスト教におけるマリアの立ち位置、
映画監督の語る制作におけるこだわり、長崎原爆の悲劇など、
あらゆるものがつながり、糸を引きあい、ひとつの物語を織っていく。
そこにギタリストとジャーナリストの2人の人生が加わっていくようだった。
大筋のプロットは何でもないのに、使っている糸には金糸のよう。
やっぱりすごい、平野啓一郎。2016年ベストブックたる理由はそこにある。

冒頭の言葉にあるように、この小説の主題はおそらく、
「過去は変えられる」。
悲しい過去だったものを、美しい過去に変える物語。
事実をもって真実を知り、過去が変わる。
そういう変わる過去を、いくつも物語で描かれていく。
だけど、過去が変わったとしても現実は決して変わらないということも、
改めて知らされてしまう。
あくまで、変わるのは過去であって、現在ではないと。
今を決めることができるのは過去。
未来を決めることができるのは今。
過去を変えることができるのは、今もしくは未来。
過去も今も未来も、過ぎ去ってしまったら終わりというわけではなく、
常にこの3つが連鎖している。
その思想こそ、平野啓一郎らしい考えだった。

最後に、PTSDに悩むジャーナリストが思索する場面を。

出口が幾つもある迷宮の中を彷徨っているような感じがした。そして、誤った道は必ず行き止まり、正しい道へと引き返さざるを得ない迷宮よりも、むしろどの道を選ぼうとも行き止まりはなく、それはそれとして異なる出口が準備されている迷宮の方が、遥かに残酷だと思った。(182頁)